趣味と仕事

趣味は色々な意味でむずかしい。

始める前は(当たり前だが)まったく無縁だった世界に飛び込むことになるからだ。すると、その瞬間、巨大なヒエラルヒーが出現する。

例えば、ピアノをゼロから始めた場合でも、目の前に、先生、その上の先生、その先生の留学先のオーストリア人の先生、そのまた先生と続いて、最後の頂上にはアルゲリッチがいるのだ。

太極拳でも同じことで、私の先生は全中チャンピオンだが、その上の先生もいるだろうし、弟子も多いだろう。また、流派が多いので(陳式、孫式など)、達人はほとんど無限にいて、永遠にかなわない。弟子の弟子の弟子にさえなれるレヴェルではない。週一回だから、私の場合、あくまでも健康太極拳だ。

これが、趣味だからいいが、仕事なら耐えられないだろう(しかし、学生は、欧米に留学して簡単に私を追い抜いてしまう)。

いくら努力してもかなわない人が数万人いると考えたらどうなるか。ということで、私は楽器がやりたいとずっと思ってきたが、踏み込めないでいる。踏み込んだ途端に、劣等感に襲われるのは確実だからだ。

適当に、楽な気持ちで楽しむという状態は趣味の場合あり得るのだろうか。本気でやるか、適当にやるかではないだろうか(とりわけ「適当に」楽器が弾けるはずもない)。結局、仕事も趣味も、まともにやれば、必要なエネルギーは変わらないのではないか。

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