恩寵について

最近気付き始めたのだが、恩寵は分析できない。

寺社などに参詣し、「当病平癒」などを祈願する。すると、良い医師や鍼灸師と偶然のように出会ったり、新たな薬が劇的に効いたりする。サイトで有益な情報へ導かれる。特に理由なく気分が明るくなる。

これらはみんな神仏の介入だと思うが、どこまでが神仏の力なのか、分析できないという特徴がある。恩寵、奇跡は(起こった時は)、いくつも同じ時期に重なる性質があるからだ(当たり前だが、起こらない時は何ひとつ起こらない)。そういう経験を何度もした。

あたかも、人間に、すべて分析できると思うな、とメッセージを送っているかのごとくに感じる。ときには分析を止めてみるのもよい。というか、私自身は分析せずに感じ取れ、と言われることが多い。考えすぎらしい。

しかし、太極拳では、羅競老師に「考えて!」とよく言われている気がする。考えなくて良いことを考え、考えなくてはいけないことをきっとよく考えずにやってしまっているのだろう。逆だ。どうにかしたい。

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