テーマ:アート

篠田桃紅について

篠田桃紅という女流画家は、103歳か、104歳である。最近になって本を多く出している。すごいことだ。 若い頃、地主の息子と結婚するから一生安泰だ的なことを言った友人に、じゃああなたは地面と結婚するのね、と言い放ったという。 愉快である。彼女は、結婚しろという父親に背いたと、ほとんどすべての本に書いている。古い時代の人だから、…
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リアリズムの意味

静物画とか風景画とか、「実物」と「似せて」描くことの意味。 リアリズムとはなんなのか? 心的態度なのか。最近、実物のように描くことが卑しく思われてきた。ダリの絵画は手作りのカラー写真である、などという言葉が素敵だと思っていたが、いまではくだらないと思う。それは岡本太郎の影響かも知れないが、現代絵画としては正しい方向だと思う。 …
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無心で向き合う鑑賞法

「モネ展」。 タイトルも解説も見ずに、作品の「オーラ」のみを感じてみた。 こんな鑑賞方法は生まれて初めてだ。篠田桃紅のアドヴァイスに従ったのだが、オーラを感じるまで時間がかかる。 すぐ直感で感じ取ればいいのか。抽象画にしかこの見方は通用しないのではないか、などといろいろ考えてしまう。 考えてはいけ…
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篠田桃紅について

NHKで篠田桃紅の特集番組を見た。 もっとも印象深かったのは、書はアレンジなんです、クリエイションではない、と言い放ったことだ。川は三本の線と決まっていて、私は4本、5本と書きたいから、と。すごいことだ。 私も臨書していて何の意味があるのか?と思って、かな書道をやめたから、ちょっと意味がわかる。書家はきっと、いや、書だってク…
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社会派

Nana Mouskouri の Athina (Αθηνα) がこのところ脳内をループしている。アテネも不景気で大変のはずだ。 唐突だが、アートとは抽象である。この歌の場合ならば、アテネという街の美だけを、花のブーケに例えたりして歌う。貧民街や低いGDPなどには関知しない。ゲーテのいう、雪景色の美だろう。汚いところは言わない、描…
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デジタル化

新国立美術館で、点描主義を観る。 pointillisme なんて、要するに、大雑把な絵画のデジタル化じゃないか、と思った。芸術をギザギザと二分法のデジタル化にしてどうする。まあ、われわれの視神経を通る刺激も、電気信号だから、デジタルかもしれないが、脳はそれをアナログ処理しているのだろうか、まあ、それはどちらでもよいが、作品はアナログで…
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写実主義とは

リアリズム絵画入門、という本を見つける。写真が発明されてから、写実は写真に任せることになっている。それなのに、写真のような絵を描くアーティストがいまだにいる理由はなんだろうか。
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寝室に飾る

この「大公の聖母」はトスカーナ大公、フェルディナンドが、旅行にも持ち歩き、常に寝室に飾っておいたという。大公の祖父は、神聖ローマ帝国皇帝で、マリア・テレージアの夫、フランツ一世・シュテファン。マリー・アントワネットの父である。
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何年かかって

ラファエッロ展へ。金曜の国立西洋美術館は8時まであいている。本来、文明国ならば、週3日ぐらいは夜まで会館すべきだと思う。 聖エゼキエルの幻視と、自画像が一番良かった。ただ、これらを20秒以上観ている人がいない。いったい何年かかってラファエッロが描いたと思っているのだろうか。 ラファエッロ—幸福の絵画 (平凡社ライブラリ…
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挿絵について

オ・バカナールの、画家でもあるギャルソンに聞くと、報酬はB4のクレパス画で、一枚5万円だそうだ。意外と高いことがわかる。下手でも自分で描いてみようかと思った。
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なぜ画くか

改めて考えてみると、建物とか、人物とか、それを見ながら絵にするというのは、どういうことなのか。 写実的な絵は写真の登場とともに存在意義がなくなったとはいえ、消えていない、といっても、単なる写実では意味がない。ヒントなのだろうか。あるいは契機。 登山家が、山があるから登る、と言ったというが、答えになっていない。キャンバスやモデ…
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美輪明宏  SONGS の構成

「ミロール」は相変わらず泣けた。「ボン・ヴォアイヤージュ」はもちろん、もっと泣けた。 「愛の讃歌」はもちろんよかったが、数年前のNHKのカメラワークの方がよかったかも知れない。少し曲の後半はカメラをひきすぎていた気がする。まあ、それは美輪先生の絶唱を損なうするものではないが。 しかし、「愛の讃歌」の歌い終わりは、やはり間がほ…
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美輪明宏 SONGS

Songs を見た人は多かっただろうが、最初の「砂漠の青春」という曲を知っている人は、私のように美輪明宏友の会に入っている人でもなければ、聞いたことがないかも知れない。音楽会「愛」では、ときどき歌っていた。 「ヨイトマケの唄」は涙なしには聞くことができない。「花」も同様である。昨晩は、どちらの曲か忘れたが、聞いている時に、部屋のコ…
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尾形光琳「燕子花図」

国立博物館に尾形光琳の「燕子花図」を見に行く。フェルメールの時と同じく、いわゆる光琳の亜流、「琳派」には目もくれず、この屏風だけにすべてのエネルギーを使う。光琳の他の作品も、ちらりと歩きながら見るだけだ。 巨大なので、フェルメール七点よりも、面積は大きいだろう。ディテールよりも、構図の美、配列の美、余白の美、である。近くで見ると、…
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美輪明宏版「愛の讃歌」の凄さ

美輪明宏万歳! NHK Songs という番組で、美輪明宏先生が歌うそうだ。今日、そのさわりを放映していたが、「愛の讃歌」はすごい。マイクが要らないのではないかという迫力だ。一挙手一投足の一つ一つが、心をわしづかみにするようだ。計算され尽くした所作、発声は、神が降臨したかのようである。 この曲は、まず歌詞を直訳して語り、その…
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額・縁

世の中の人は、額縁がどれぐらいの値段だか知らない人の方が多いだろう。 下に書いた、ロッシーニの大きな写真を額にいれようと、銀座伊東屋へ向かう。以前は別館で優雅にやっていたが、いまは本館の8階でひっそりと営業している。複写サーヴィスもやめたそうだ(この写真をA4版に縮小コピーしようとした)。 金と黒がこのモノクロームにはあう。…
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福々しいロッシーニ

ロッシーニの肖像画が届く。実に福々しくてよい人相をしている。これは金ぴかの額縁が似合うかも知れない。美食家躍如としているではないか。やはり痩せているより太っている方が幸福そうだ。
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Il barbiere di Siviglia セヴィリアの理髪師

『セヴィリアの理髪師』と「老人と子供たちのポルカ」には、とても似ているフレーズがある。何小節以上同じだと盗作とみなされる、とか、過去の裁判には判例があるはずである。まあクラシックから発想を得たポピュラーは多い。
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フェルメールの前で

東京都美術館に、フェルメールを見に行く。デルフトなどにいた亜流の画家もあったが、一切、目を向けず、フェルメール7点だけにすべてのエネルギーをつかう。亜流もフェルメールも同じ時間をかけている人がほとんどだが、無駄なエネルギーだ。フェルメールだけに集中すべきである。骨董商も、育てるときは、偽物は見せないそうである。 そもそも、フェ…
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フェルメールを

東京都美術館にフェルメールが7点も来ているという。 オランダでは、夏に、アムステルダムの王立美術館と、デン・ハーフのマウリッツヘウス美術館を、特急列車と路面電車であたふたと回ったが、フェルメールは3,4点しかなかった。まさか、日本に貸し出していたわけではあるまい。20年前にロンドンにいったときは、1点がどこかに貸し出し中だった。 …
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