道路に女性の靴が1つだけ落ちている。 成城石井の前なのだが、私が入るときにはなく、出てくるとあった。 みんなちらっと見て通り過ぎる。踏みそうになって避ける老人。おばさんは近づいてじっと見てから去って行く。 遠巻きに見る人。初老の男二人連れが、空を見上げたのは面白かった。 この様子を、ビルの屋上から望遠で撮影して喜…
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面白くない動き

横綱の白鵬が、稽古のとき、すり足(と思われること)をずっとやっていて、しかも、手の動きが面白い。誰も、今は、この古いやり方をやる人はいないという。 「おもしろくもない動きだけどね、これやらないと勝てない」 と言った。 ランニングとか、地味な練習が活きるというのは、安っぽい根性ドラマの筋書きのようだが、…
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宗教家なのか

私は「大学教授」だとバレた、というか、当てられた経験は一度もない。 たいてい、初対面の人からは、「お坊さん」とか、「宗教家」と思った、などと言われてしまう。単に髪の毛が少ないからなのか。 あまり研究をしていないから教授に見えないのかも知れない。いくら本や論文を読んでも、それは、「勉強」であって、「研究」にならないのはつらいと…
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羅競老師語録

42式。 足裏を意識する。 太極剣 (24 虚步点剑 かどうか自信がないが) 親指を外側。 返して、親指が内側。 後ろへ下ろして、たたむ。 虎口(hǔkǒu)を下へ向ける。扇を外側へ回転させ、離し、…
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恣意性について

ゼミ生の中に、ドゥ・ソシュールの言語の恣意性を知っている人がいて驚く(思想系のゼミナールなら全員知っているだろう)が。 ふと、考える。恣意的でないものとはなんなのか? 「論理的必然性がある」ものだと『日本国語大辞典』第2版から類推できる。 🐈を「neko」と呼ぶことには、確かに論理的必然性はない。 球…
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隠しメニュー

東急本店、カフェ・ドゥ・マゴで、しつこく言い続けたら、ディカフェを隠しメニューにしてくれた。だから、メニューには載っていない。知る人ぞ知るディカフェ。
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ステージについて

舞台。 なにをやっても許させる。殺人、ダンス、不倫、尾行、睡眠。 ありえない大声で、日常ではありえない歌詞(女の心は風のよう、とか)を歌う。 白いタイツで踊りまわる(バレエ)。 独り言を言い続ける(落語)。 深刻な顔でピアノを弾く。 舞台は日常から隔絶、切り離され、選ばれた者だけが入れる結界である。わ…
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ほんとうだ! について

近年気づいた現象なのだが、私がゼミナールで何か情報を出すと、すぐスマホで検索し、ホントだ!という男子がいる。 授業中の発言なのだから、本当に決まっている。虚偽の情報を言うわけがない(意図せず間違えることはあるが)。 昨年も、これは下ネタなので書けないが、こういう歴史的経緯で、これは、こう呼ばれている、というと、 2年間で一…
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上座部仏教

タイの大学生ドラマ。 酒にモザイクが入るのは、未成年だからかと思っていたが、そうではなく、飲酒シーンにはもれなく入るらしい。タバコにもモザイクがかかる。 タイは仏教国だが、大乗仏教ではなく、上座部仏教であるせいなのだろうか。
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契丹族について

毎週、水曜は、翌日の太極拳に備えて、カフェインは1mgも摂取せず、ヴォーカルの音楽も聞かず(聴くと、寝床で頭の中を流れ始めて眠れない)、心静かにすごすのだが、なぜか、万全の体制を取っても、あまりよく眠れず、休む羽目になる。残念至極である。 それはともかく、ロシア語で中国を「キターイ」Китай という。 10世紀の「契丹」の…
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名前を呼ばれて

日本文学科の女子学生が言っていたが、自分の名前を中国語で言われてもピンとこなかった、という。 よくわかる。いまだに、Zhōngcūn xiānsheng (中村先生=中村さん)と言われても、自分だと感じ取ることができない。 こんな経験は初めてである。仏伊西はファーストネームで呼ばれ、英独は苗字で…
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生まれつきの

昨日、五限が終わって(18:50)山の上ホテルの前を歩いていると、すごいオーラを放ちつつ行進するひとがいて、みると、元学部長、現副学長だった。 背中にバッグを背負って若々しい。もともとエネルギッシュな人だなと思っていたが、溢れ出るエネルギーが半端でない(溢れていてもったいないぐらいである)。 大学生よりも元気がある。なんであ…
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「10」

卓上カレンダーに「10」と書いてある。 なんと読むのだろうか。イタリアにおいてあれば、ottobre だろう。 英国にあった場合、ten ではなく、October。 ここは日本だから、「じゅう」なのか「じゅうがつ」なのか。まさか「かんなづき」ではあるまい。 置かれた場所で同じ文字の読み方が変わるのは面白い。その点…
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王道なし

語学に王道はない、とよく言われてきた。「王道」は、a royal road の直訳で、よくわかっていない人が多いはずだ。現代でいえば、テーマパークで、並ばなくてすむチケットという感じ。 そんな特別扱いは、語学ではありえない、皇帝であろうと、伯爵であろうと、誰でもゼロから、幼稚なレヴェル(こんにちは、さようなら、…
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菜食、肉食

肉食。 大学時代、毎週木曜、大学近くのとんかつ屋に友人2、3人と行っていた。毎回、修道女と数人のグループがいて、見ていると、修道女は、食べる前、手を合わせ祈るようにして、食べていた。 へえ、菜食ではないんだ、と思っていた。確かに、謝肉祭というのがあるから、食べてはいけない時期はあるが、それ以外はいいのだろう。 仏教のよ…
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羅競老師語録

罗竟老师语录 气沉丹田! (%%%%%!)(中国語、聞きとれなかった。) 48式、42式 やる前に考える! 起势 膝がゆるんでいるので、肘もゆるんでいるはず。 …
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西門町

台北、西門町はどのサイトにも、ガイドブックにも「若者の街」と書いてある。 二回、行ったのだが、いつも若者はいなかった。なぜなのか。 ふらふらと歩いてゆくと、なぜか導かれるように、道教の寺院があった。 入って、参拝すると、関西訛りの日本語が話せる台湾のおじいさんがいろいろ説明してくれる。 そこにはなんと、弘法大師空…
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国際色

上智大学時代をふりかえると、国際色豊かだというイメージとは逆に、留学したひとがほとんどいなかった。どちらかというと、すでに海外にいたことのある人が多かった。 国際色豊かというイメージは、教授がほとんどアメリカかヨーロッパ人だからだろう。教職科目の、「道徳教育の歴史」まで、ドイツ人神父だった。 しかし、卒業後、別の大学院にい…
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