年収と幸福感について

年収630万円で幸福感は頭うち、と嬉しそうにマスコミが書いている。

まず、これは、どこか知らないが、広いアメリカの話だ。州によっても、気質は全然違う。全米の平均値が得やすいというので、アンケートや実験は、オハイオ州が使われることも多い。なぜか知らないが、昔から繰り返しこの研究は行われている。

日本の場合は、この結果と異なるかもしれない。なによりも、アメリカのマーフィーとかの古い自己啓発本を読むと、いくらでも儲けなさい、と書いてある、贅沢をして、美で自分を囲むために生まれてきたのです、と。

630万円以上稼いでも、幸福感が得られないのは、使い方が間違っているのではないか。700万円の収入があったら、70万円は、どこでもよいが、あしなが募金などに、寄付することにすれば、気分がよく、幸福感が得られるのではないだろうか。

20代はこのあたりの収入だったこともあるが、それより増えた現在の方が、絶対に幸福感は断然高い。学生に酒をふるまうことができる。人間関係が広まる。本は借りないで買うことができて、書き込める。外国の学会に出張できる。 なに一つ悪いことはなく、幸福感にすべて寄与している。

稼いで悪いことはなにひとつないのではないか。納税額も格段に増え、国家にも、東京都にも貢献できる。630万で、いいんだ、などと思えば、一千数百万円を得ているマスコミの人々の思うつぼだ。どうしても罪悪感のある人は、寄付してしまえばよいのだから。

ただし、「幸福」と「幸福感」は異なることは意識すべきかも知れない。あなたは幸福ですか、と聞かれて、臆面もなく、はい、といえるのは、陽気なアメリカ人ぐらいだろう。心の中で、幸せだと思っていても、幸福です、などとは言わないのが日本人である。



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