愛のある食事について

国際文化特殊講義VI。

独身の私が、未婚の学生と「結婚」の議論をしていると、男子が、結婚する理由の1つとして、愛のある食事がしたいから、と言った。ちょっと感動したが、顔色に出さないように努力した。

すぐさま「愛妻弁当」の定義がまっさきに頭に浮かんだが、これも話すことは禁欲した(詳しくは:http://paatram.at.webry.info/201410/article_32.html)。

アメリカ人の同僚が、当初は愛妻弁当だったのに、1年もすると、パンを持ってきたり、学生食堂でトレイを持っているのを見てしまったからだ。

しかし、一年ぐらいは、彼も愛のあるランチを食べていたことになる。

最近、退職記念号が出たピーターセン名誉教授は、あのリストランテは、バイトが作り置きを温めているから、食べ物ではないんです、と怒っていたことがある。

彼はイタリア通だから、客の顔をみてメニューを決める的な店によく連れて行ってくれたものだ。しかし、そういうリストランテの料理も、愛妻弁当や、妻の手作り料理にはかなわないだろうと思う。所詮は他人なのだ。私も来世に期待したい。

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