日比谷高校

今でこそ日比谷高校は、東大に何十人も入る名門校に復活したが、私がいた頃は最底辺期で、4、5人しか入らなかった。

なにしろ、行事が多く、合唱祭、星稜祭、体育祭、その他で、だいたいみんな浪人していた。教師も熱心ではなく(私は教育放棄してますと公言する数学教師がいたという)、放置するタイプだったが、これは名門時代からずっと同じだった。

合唱祭など、OBで、プロの審査員が来て、盛り上がる。受験で忙しいはずの三年生が一番熱心で、ベートーヴェンの荘厳ミサ曲とかを堂々と歌いあげてしまう。そして浪人し、そこそこの大学に入っていた。

不思議なのだが、当時は、越境入学で、千葉県から来ている生徒が多かった。埼玉県はいなかったが。

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