神仏へ賽銭を投げつける

寺社で賽銭を放り投げている人たち。要するに、見えないものへの畏敬がなくなったのだと思う。目の前に人がいたら、貨幣をその人に投げないはずだ。見えない神仏へは、放り投げて平気である。気の毒だが、こんな人びとの願い事は叶わないだろう。

見えないから居ない、ない、という唯物的な考えはもう叩きこわす必要がある。お天道様が見ている、という世界観。霊的世界観。見えなくてもいるのである。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック