O先生

O先生が亡くなったと東大のTさんから連絡がある。身内で葬儀はすませたそうだ。

都立大がまだ東横線・都立大学駅にあるころ、大学院の口述試験で、主査のような感じで、私に質問をしてきた。面接全体は、評論家の篠田さんが和やかに仕切っており、のちに岩波の『ベーオウルフ』訳で有名になる忍足欣四郎先生もいた。

私の筆記試験の出来をみて、「よくできています、でも、できるだけでは困りますよ」と、妙なことを言われたが、すぐ見当がついた:ものすごくテクストは正確に読めて、知識もあるのに、修士論文が完成できない院生が続いていたからだ。

合格の手ごたえは明らかにあったが、都立大学には行かず、別の大学院に行ってしまった。当時は都立大が日本では最高峰であったのに。名前に負けたのだ。しかし、学問の世界は狭いので、しょっちゅう会っていまい、うちに来なかったね、と言われる。かなり気まずかった。ずっと根に持っていたのではないかと思う。

一度荻窪のお宅に伺ったこともあった。本があるのは当たり前だが、マイクロフィルムの大きなリーダーがあったのには驚いた。世界中の写本を読んでいたに違いない。中世の英語では、当時、日本で数少ない世界的レヴェルの学者だった。合掌。

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