尾形光琳「燕子花図」

国立博物館に尾形光琳の「燕子花図」を見に行く。フェルメールの時と同じく、いわゆる光琳の亜流、「琳派」には目もくれず、この屏風だけにすべてのエネルギーを使う。光琳の他の作品も、ちらりと歩きながら見るだけだ。

巨大なので、フェルメール七点よりも、面積は大きいだろう。ディテールよりも、構図の美、配列の美、余白の美、である。近くで見ると、デザイン画のようにも見える。明らかにこれは離れてみる作品である。

岡本太郎が、絶賛していた、抽象の美、ただならぬ気配というものは私にはわからなかった。単なる写生ではないことは素人にもわかるだろう。左右が微妙に連なり、左から右へと徐々に花の位置が高くなるようになっている。同時に、派の様式化した緑が、右側で広がる。

気のせいかもしれないが、右の方が、花の色がやや薄いように感じる。遠景というわけではあるまい。しかし、平板な塗り方なのに、奥行き、立体感はすごい。

光琳が、この作品で言いたかったことというのはあるのだろうか。『伊勢物語』の寓意というにすぎないのだろうか。

今回は、この作品の前に椅子というか、ソファのようなものがあり、10数分は見ることができた。残念なのは、この作品の修復の様子、、実寸のディテール、全図をのせた根津美術館刊の画集が、10000円で、買えなかったことである。


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