「麻呂の教授な日々」

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zoom RSS 規則と会話について

<<   作成日時 : 2017/05/28 07:23   >>

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「日本語の先生」とは言えるが、「*日本語先生」とは言えない。「日本語教師」、「科学の教師」とは言える。

しかし、「?科学教師」はちょっと違和感がある。「*情報科学教師」は無理だが、「情報科学の教師」とは言える。「*人生論教師」はむりだが、「人生論の教師」、「人生論の先生」はOK。「*人生論先生」は絶対だめだろう。

というように、言葉には、緩やかな規則性しかない事象が多い。規則がゆるいのだから、理屈抜きに覚えなくてはならない。

三人称単数現在形の -(e) s は例外のない方だが(be動詞でさえ sで終わっている)、助動詞に s はつかない(助動詞は発生的に過去形が多いからである)。

話は変わるが、規則があっても、それを覚えるだけでは筆記試験以外の意味はない(そこが数学や物理と違うところである)。

実際に話せるようになるためには、何百回も口に出し、間違えて、恥ずかしい思いをし、言い直すのを繰り返す必要がある(日本語を習得したプロセスと同じである)。

これは条件反射の世界だから、学校でやることではなく、スポーツと同じく、課外とか、個人的、あるいは、留学してやるべきことである。習い事のレヴェルだ。大学内でやってもよいが、かなり能率が悪く、時間の無駄な使い方になる。

1クラス4人以内で、週に3回はないと条件反射は身につかない。財政的にも無理だ(授業料を英米のように300万円にする必要がある)。

若いうちに半年以上留学し、現地で日本人とばかり話さなければ、一生話せるようになるだろう。

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